秋田小一殺人事件(2)

畠山鈴香という女

私が畠山容疑者に興味を持ったのは、彼女が本をよく読む女だったと知ったからだ。彼女は娘の彩香をファミレスなどに連れて行って一緒に食事をするようなときにも、相手に勝手に食事をさせ、自分は黙って本を読んでいたという。

畠山鈴香は自分が本を読むだけでなく、科学が好きだったという娘にも子供向けの科学雑誌を定期購読にしてやっていたし、本屋で娘が「これ買って」といって本を持ってくれば、それを買ってやっていたそうである。

テレビでは、畠山鈴香が娘を虐待していたことを誇大に触れ回っているけれども、虐待する親が子供の好きな雑誌を定期購読してやるものだろうか。

娘の彩香は大変人なつっこい子で、大人が働いているのを見ると、「おじさん、何しているの?」と自分から話しかけていたという。もし、彼女が母親から虐待されていたとしたら、大人に恐怖感を抱いていたはずで、見知らぬ大人に声をかけるようなことはしないだろう。

では、なぜ畠山鈴香は娘を虐待していたように近隣の人々から見られていたのだろうか。そして、彼女はなぜ娘を殺したのだろうか。

一つ感じることは、彼女が生活の軸になるような世界を僅かしか持っていなかったらしいことだ。

写真は「週刊文春」から採録

一般に女性は、生きて行く上で日常生活の軸になるようなテーマをいくつも持っている。身仕舞いに気をつけ、化粧を怠らない「自己美化欲求」とか、周囲の人間と対立することを避ける「関係性持続欲求」とか、すてきな男性の出現を待望する「シンデレラ願望」とか。そして、彼女等はそれらを網状に組み合わせ、複合した軸群を形成することで、女性のこまやかな心情といわれるものを生みだしているのだ。

ところが、畠山鈴香は「本」と「男」という二つの生活軸しか持っていなかった。
彼女は我の強い女だから、これ以外のものを二次的存在として一切無視してしまうのである。高校時代の彼女は、お洒落に無関心だった。彼女は男そのものに関心があったから、女らしく装って男心を引きつけるというような迂路をとらないで、男のたまり場に足を運び、好ましい年下の男を直接ナンパしたのだった。彼女と離婚した先夫は、畠山鈴香にナンパされて結婚したと告白している。

掃除・洗濯なども、二つの生活軸に無関係だったから、彼女は家の中をゴミ箱のようにして平気でいた。料理にも全く興味がなかった。彼女は娘のために食事を作らず、カップラーメンを食べさせていたといって非難されているけれども、恐らく彼女自身もカップラーメンだけで食事を済ませていたのだ。台所で料理するような暇があったら、本を読んでいたいというのが彼女の偽らざる本音だったのである。

娘の彩香は、母が自分だけでいいものを食べていたら、不満を抱いたかも知れない。だが、彼女は母もろくなものを食べていないことを知っていた。彼女は子供心に、母が自分自身のことで一杯で、食事のことなど考えている余裕がないことを感じ取っていたのだ。だから、母のために試供品の菓子を貰ってきたり、レストランのテーブルに座り込んで、放心しとようにぼんやりしている母に水を汲んできてやっていたのである。

娘は母を恨む代わりに、どうしたら自分に関心を持って貰えるかと工夫するようになった。人恋しくなったり、大人に眼をかけて貰いたくなると、見知らぬオジサンにも声をかけた。母が男を家に呼び込んでいるときには、家の中に入ってはならないというルールがあったから、家から閉め出され彩香は、そのへんで遊んでいる年下の小学生に話しかけ面倒を見てやった。彩香は母に無視されたことによって生じた心の空白を、自力で埋める方法を自学自習していったのである。

「本」と「男」という二つの生活軸に執着する畠山鈴香は、やがて母子二人だけの生活に苛立つようになる。何か満たされないものを感じ始めたのだ。彼女は邪魔になるものを無視するだけでは気が済まず、排除しようとする気構えを見せるようになった。彼女は、病気になった父親を筆頭に、いろいろな人間に対して、「死んでしまえばいい」と放言するようになる。自我主義者の悲劇が、はじまったのである。

我の強い人間の特徴は、アンビバレントな感情を持っていることだろう。周囲の人間に対しても、社会に対しても、好きだけれども嫌いでもあるという相反感情を抱いて生きているのである。畠山鈴香は、世の常の母親のように娘を可愛がっていたが、同時に邪魔だとも感じていた。社会に対しても強い不信感を抱く一方で、人々から注目されたいとも願っていた。

現在のところ、畠山鈴香が娘を殺した動機は分かっていない。
最も可能性がありそうなのは、東京かどこかに行って男と暮らすのに、彩香の存在が邪魔になったのではないかということだが、その男についての情報が全くもれてこないのである。

畠山鈴香はマスコミに向けて話をするときに、疑惑をもたれそうな部分について詳細なストーリーを用意しておくけれども、その他について語るときには無警戒になり、つい謎解きのヒントになるようなことをしゃべってしまっている。こういうアンバランスなところに、彼女の、「豊富な読書歴」が反映している。本好きな人間は、リアルに見える「お話」をでっち上げることに長じているけれども、当人が話すことを総体として眺めてみるとバランス感覚に欠けるところがあるのだ。

とにかく、畠山鈴香は近来にない知的な女性犯罪者なのだ。
女の犯罪者に目立つのは、浅はかとしか云いようのない愚かしい所業であって、逮捕されればたちまち自白し、訊問に当たる警察官に手を焼かせることがほとんどない。唯一の例外と思われるのは青酸カレー事件の林真須美だが、彼女は強情だったというだけのことで、そのウソは直ぐに底が割れるような愚かしいものだった。だから警察の取り調べも基本的には楽だったにちがいない。

畠山鈴香の方は、一つのウソが崩れると、次のウソを繰り出すというように、二の矢、三の矢を用意したウソだから、警察もかなり苦労した筈だ。私が不謹慎ながら畠山鈴香に興味を持っているのは、このへんのところなのである。

(06/7/20)

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