時期遅れの赤そば 数ヶ月来、持病の腰痛をこじらせて家にこもっていた。
まだ、快方に向かっているとは言い難いが、今日はあえて「赤そば」を見物に出かけることにした。あまりにもいい天気だったからだ。突き抜けるような青い空に、秋の雲がひとひら、ふたひら、浮かんでいる。風もほとんどない。こんな日に家にこもっているバカはない、という訳で、急に思い立って家を出ることにしたのである。「赤そば」といっても何のことか分からないかもしれない。普通、白い花を咲かせる蕎麦が、赤い花を咲かせるので、こう呼ぶのである。近くの箕輪町に、この「赤そば」で有名になった場所があって、新聞やテレビで再三紹介されている。中央アルプス山麓の開拓地に「赤そば」が大規模に栽培されている一角があり、見物客が絶えないというのだ。家内も、すでに仲間と一緒に「赤そば」見物を済ませている。
家を出るとき、家内が声をかけた。
「赤そばは、もう遅いんじゃない。花は散っているよ」
「まあ、行ってみるよ」
と返事をして、バイクにまたがる。とにかく、好天だった。空気が澄んで、透明に光っている。
天竜川を渡って対岸に出たら、道路から見下ろす小公園で保育園の園児たちが、かけっこの練習をしていた。保母さんの合図で、一斉に駆け出すという練習である。その様子が可憐だったから、バイクを止めて写真を撮った。年を取ると、小さな子供たちに強く惹き付けられるようになる。ちまちました幼児が、玩具のように小さな服を着て、歩いたり走ったりしているのを見ると、戦慄のようなものを感じることがある。生命の素形に接したような気がするのだ。
写真を数枚撮ってから、段丘を越え、ゆるやかな上り坂を進んで山麓に達する。そして山麓の縁に沿って走る舗装路を北上する。すると、今度は左手に遠足の保育園児が見えた。と、思ったら向こうから列をなして高校生が走ってくる。全校行事の競歩大会をやっているのだ。10月10日という日は、あちこちの教育現場で予定表にスポーツ行事を組み込む日らしかった。
競歩で苦しそうに走っている高校生の表情は皆同じに見える 目的地に着く。
ここは、元来、山麓の林を切り開いて造成したトウモロコシ畑だったらしい。ところが猿やらハクビシンやら、野生の動物がやってきて食害が絶えないので蕎麦畑に切り替えることにしたのである。なるほど、畑は小さな野球場ほどの広さで、周りはぐるりとすべて山林になっている。これでは食害が絶えないのも無理はない。蕎麦の種をまく際に、赤い花の咲く品種にしたら、この見捨てられたような山中の開拓畑が、あっという間に観光名所になってしまったのだ。シーズンも過ぎたから、あまり見物客もいないだろうと思っていたが、山林の手前にしつらえた急造の駐車場には相当数のクルマが並んでいる。バイクを降りて、林間の路をしばらく上り下りして、蕎麦畑に出る。十数人の見物客が広い畑地に散らばって蕎麦の花を見ている。平日ということもあって、そのほとんどすべてが中高年の男女である。そして、彼らは言い合わせたようにカメラを持参している。
私もデジカメでパチパチやってみたが、盛りを過ぎた蕎麦畑は色あせて、「深紅」という訳にいかない。淡くくすんだ桃色になっている。一つ一つの花は赤いけれど、その花が減ってきているので下地の茎や葉の色が目立つようになっているのだ。
私の興味を引いたのは、「赤そば」よりも、これを撮影する高齢の見物客たちだった。その多くがインスタントカメラではなくて、三脚付きの高級カメラを持参し、一つの素材を長い時間をかけて慎重に撮影している。今や、カメラお宅といった老人が、都会にも田舎にも、急増しているのだ。
私は赤そばを撮るのをやめて、写真を撮る人たちを撮ることにした。以下に紹介するのはその写真である。
久しぶりに遠出をしたら、私の目に付いたのはいたいけな保育園児とカメラ持参の老人であった。