家出人捜索

私がワイドショーを見るようになったのは、今から20年あまり前、仕事が夜間勤務に変わって昼間家にいるようになったからだった。ある日、昼食を取りながらテレビを見ていたら、「アフタヌーンショー」というのをやっていた。

この番組では、毎週一度、家出人捜索のイベントをやっていて、これれを見ていたら非常に面白かったのだ。以後、家出人捜索の番組を毎回見るようになった。

今でも、ハッキリ記憶しているのは、失踪した妻を捜してほしいと申し出た60代半ばの退職公務員のことだ。彼は怒りでふるえる声で、パートに出ていた妻が勤務先の上役と深い仲になり、手に手を取って失踪してしまったと訴えていた。

彼は、上役にあてた妻の恋文を持参し、それがアナウンサーによって読み上げられた。妻の年齢は50代ということだったが、小娘が書いたようなうきうきした恋文だった。

相談者は気むずかしそうな人物で、その妻がこんな手紙を書くのは予想外だった。だが、旦那が難しい男だからこそ、奥さんはああいう浮き浮きした気分でつきあえる恋人を求めたのかもしれない。

駆け落ちした二人の居所を突き止めたスタッフは、テレビカメラ持参でいきなりその隠れ家に突入する。それから、現在だったら人権侵害の事例になるような場面が展開するのである。

退職公務員の奥さんは、駆け落ちした先でも仕事口を探して働いていた。その彼女が、夕方、帰宅して着替えをしているところに、テレビカメラを担いだ一行が突風のように乱入したのだ。

服を脱いでスリップ一枚でいた奥さんは、いきなりカメラの照明を浴びて立ちすくんでしまう。スタッフは、その奥さんに向かって矢継ぎ早に厳しい質問が浴びせかけるのだ。スタッフが高飛車に質問を浴びせかけたのは、浮気女の尻尾をつかんだという昂揚した気分があったからだろう。

この「事件」は数回連続して放映された(毎週一回ずつの放映だったから、「事件」が結末を迎えるまでに、一ヶ月以上かかっている)。意外だったのは、妻子を捨てて、年上の人妻と駆け落ちした相手というのが、思慮分別を備えた40代の立派な男だったことだ。テレビ局は、この男のところへ妻を連れて行って対面させるという場面を仕組んだりしている。

夫に駆け落ちされた妻は、旦那の腕に取りすがり、
「ねえ、帰ってきてよ」
と金切り声で懇願していた。この場面を親戚が見ていて、「あれじゃ、亭主に逃げられるのも無理はない」と、あとで彼女に注意したそうである。

男はキンキン声で迫る若い妻よりも、気むずかしい夫の下で忍従の日々を送っていた年上の人妻に惹かれたのだ。十歳以上も年上のこの女性は、「どうしてこんな女を」と疑わせるほど見栄えのしない容姿をしている。だが、この女性には、男に仕事を捨て、妻子も捨てて駆け落ちを決意させるほどの魅力があったのである。

幕切れもショッキングだった。最後に放映されたのは、駆け落ちした二人と、退職公務員が対決する場面だった。退職公務員は妻に逃げられた夫という立場を利用して、妻の隠れ家に乗り込み、出てきた相手に手を挙げて殴ろうとしたりしている。この対決場面でも、彼は居丈高に二人を詰問するのだ。

黙ってなじられていた男が、やがて、あっと驚くようなことを口にするのである。
「あなたは、すでに奥さんを離別しているじゃないですか。もう他人になっている人間のところに無断で押し掛けて乱暴を働くのは、家宅侵入罪ですよ」

退職公務員は、妻を離別していることをテレビ局に隠して捜索依頼をしていたのだった。

形勢が一変した。画面に映し出された次のシーンは、スタッフに促されて退職公務員が二人に頭を下げて謝罪しているところだった。こんな鮮やかな逆転劇を、これまでに見たことがなかった。しかも、登場人物は、顔にボカシを入れられることもなく、カメラの前に全員が素顔をさらしているのである。

それにしても、駆け落ちした男の振る舞いは見事というほかはない。彼はテレビカメラに追い回されても動じる様子はなく、一切弁解もしなかった。

「こんなゴタゴタから解放されて、早く仕事に戻りたい。それだけですよ」

こう述べるだけで、彼が多くを語ろうとしなかったのは、最後の勝利を確信していたからだった。彼はギリギリになるまで、切り札を出さなかった。この状況判断の的確さ。世の中にはこういう男もいるのである。

              *

昼間の勤務に戻ってからは、もうワイドショーを見ることもなくなった。しかし、退職してからは、また、ワイドショーをちょいちょい眺めるようになった。20数年前に見た、あの見事な逆転劇ほどスリリングな番組にはお目にかからないけれど、たまにワイドショーにチャンネルを切り替えると、結構面白い場面に出くわすのだ。

テレビ番組の中で、その制作意図においてあまり感心できないのがワイドショーだ。そして数ある出版物の中で、テレビのワイドショウ同様にレベルが高いとは言えないのが週刊誌である。この二つのものが、間をおいて私の関心を惹きつける。俗なる私の心は、禁断症状を起こしたかのように、定期的にこの二つのものに向かうのである。

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