詐欺師の時代 1 何と言っても、現代における最大の詐欺師はアメリカ大統領ブッシュだろう。
彼はイラクが大量破壊兵器を隠していると言い募り、国連の反対を押し切ってイラク攻撃に踏み切ったが、その真の目的はイラクを完全に制圧してここを拠点に中東全域をコントロールし、同国の原油を手に入れることにあった。小泉首相が米国に追随してイラクに出兵したのも、ブッシュとの個人関係を強化し、そのおこぼれにあずかるためだった。彼の目的も、やはりイラクの原油にあったのである。しかし小泉純一郎がブッシュに劣らぬ詐欺師として、その本領を発揮するのは、靖国神社参拝問題に関してなのだ。
彼は「心ならずも死んだ戦死者のために哀悼の誠を捧げる」と称して、靖国神社への参拝をつづけている。だが、彼が自民党総裁選挙で橋本龍太郎と争うまでは、靖国神社になんの関心も払っていなかったことは周知の事実なのだ。彼は、遺族会をバックにしている橋本候補の地盤を切り崩すために、靖国参拝を総裁選挙の争点の一つにねじ込んだのである。
小泉を弁護する論者は、総裁選挙の前に知覧の特攻隊記念館を訪れた彼が隊員の遺品を眺めて涙を流した事実をあげる。私もテレビで、彼がカメラの照明を浴びながらポケットから真っ白なハンカチを取り出し、まぶたのあたりを押さえる場面を眺め、少しばかり感動したものだ。だが、今では、あれは彼の得意とするパフォーマンスの一種ではなかったかと疑いはじめている。
知覧に出かけて涙を禁じ得ないのは、何も小泉純一郎ばかりではない。知覧を訪れた誰もが、ハンカチで涙を拭くようなパフォーマンスをしないが、心の中で皆泣いているのである。
神風特攻隊の性格は、比島戦のそれと沖縄戦のそれでは大きく異なっている。比島戦での隊員は自発的な志願者によって構成され、出撃回数約400回のうち111回も成功している。だが、沖縄戦になると隊員は強制に近い形で選抜され、出撃回数こそ1900回に及んだものの、成功したものは133であり成功率が大幅に減少している。
成功率が減少したのには、隊員の技量の問題とか、特攻機そのものの性能の問題とか、いろいろな原因があるにちがいない。が、やはりこれは強制による無理がたたっているのだ。いったん飛び立った特攻機が機首を返して本部を襲撃するような擬態を見せたり、故意に離島に不時着したりした話がいくつも伝えられているし、夫の乗った飛行機の前に飛び出して離陸を中止させようとした隊員の妻もいたといわれる。
しかし、それらの話よりも、特攻機の相当数が敵艦を前にしてふらふらと喪心したように自ら海中に落ちていったという米軍側の観察の方がこころに残る。正常な神経を持った人間なら、敵艦が雨霰と打ち上げてくる弾幕を突っ切って突進するのは不可能に近い。それは、手に槍を持ってライオンに近づいた者が、真っ赤な口を開けて咆吼する猛獣を目にして恐怖のあまり気を失ってしまうのに似ている。
私たちは、特攻隊員の「殉国の至情」を賛美するだけでなく、無理やり死を強いられた隊員の怨念に目を注がなければならない。
怨念といえば、太平洋戦争の末期に死んでいった兵士たちが胸に抱いていたのも怨念だった。ガダルカナル島、サイパン島、ビルマ、フィリピンなどで夥しい数の兵士が餓死し、あるいは手榴弾で自殺している(フィリピンには63万人の日本兵が送り込まれ、このうち48万人が戦死・餓死している。現地のフィリピン人犠牲者は100万人に達する)。彼らは尽きせぬ恨みをのんで死んでいったのだ。彼らを無惨な死に追いやった加害者が誰かといえば、首相・陸軍大臣・参謀総長を一身に兼ねた東条英機を筆頭に、国民を戦争に駆り立てた軍部や官僚たちだった。
靖国神社は、戦場で散っていった被害者である兵士たちと、加害者である戦争犯罪人を一緒くたにして祀った不思議な神社なのである。
2 首相になってからの小泉純一郎の印象は、最初のうち悪くなかった。森前首相があまりにもお粗末だったから、それとの比較で得をしているという面もある。彼には、マスコミから「ダンス教師」に見立てられるような身の軽さがあった。彼はこの身の軽さで、派閥の力を削ぎ自民党の問題点をいくつか改めたのである。
だが、しばらくして明らかになったのは、この身の軽さこそが人をペテンにかける詐欺師の特徴だということだった。窮地に立つと小泉首相は「人生色々」だとか「自衛隊のいるところが安全地帯」とか、口から出任せの遁辞を重ねはじめた。言葉を軽くもてあそぶこと、そして正面からの論戦をさけてスタンドプレイに逃げること、これが詐欺師の特徴なのである。
ブッシュと小泉が詐欺的な手法を多用するのは、頭が空っぽで独自の政策を持っていないからだろう。しっかりした見識を持っていたら、詐欺もペテンも必要ないのだ。
中学生程度の地理的知識すら持っていないことを暴露して、全米の失笑を招いたブッシュは、イラク戦争を推し進めるに当たっても、ウオルフォウイッツ国防副長官らネオコンに全面的に依存しなければならなかった。
小泉首相が郵政民営化以外にほとんど政策らしい政策を持っていないことは、多くの論者が早くから指摘していたところだ。「経世会」が自民党を切り回していた頃、彼はYKKの一員としてこれに反旗を翻したが、三人集まって政策を論じあうときにも彼はほとんど口を挟まなかったという。加藤紘一・山崎拓に比べたら、彼は語るべき政策をなにも持ち合わせていなかったのである。だから、首相になってから、彼は政策の立案から実行に至るまで、すべてを関係閣僚に「丸投げ」するしか手がなかった。
3 ブッシュや小泉純一郎のような政治家が人気を博する背景には、冷戦終結後の国際情勢の変化がある。国際関係を脅かしているのは、イスラム原理主義やネオコンなどの「理想主義」にあると説く学者もいるけれども、事実は逆で、国際政治を混乱させているのは理想主義の衰退にあるのだ。冷戦時代には、東西両陣営とも人道と平和への貢献を競い合っていた。自己の体制の優越を証明するためには、軍事力を誇示するだけでなく、自己陣営の人道主義を高らかに強調しなければならなかったのだ。それが冷戦終結と同時に、各国とも露骨に国益の追求を優先させるようになった。
すると、それぞれの国が伝統的に抱えているマイナス面が浮かび上がってきたのである。
たいていの国は、他国の物笑いの種になるような国内事情を抱えている。アメリカの場合は、インテリジェント・デザイン(知的設計)を教育の場に持ち込もうとする宗教右派がそれで、彼らは学校で進化論を教えることを禁じる運動が行き詰まったために、代わりにこのインテリジェント・デザイン論を持ち出して来たのだった。この勢力は9・11以後急速にのびて、今では国民の半数近くの支持を集めるようになっている。ブッシュを支えているのは、この種の「遅れた階層」なのである。
事情はヨーロッパでも同じで、ドイツにはユダヤ排撃をとなえるスキン・ヘッドがいるし、フランスには移民を嫌う人種差別主義者がいる。彼らは、経済のグローバル化に対する自国民の反発をバックに、勢力をじわじわと伸ばしつつある。その結果、ヨーロッパ諸国の世論をリードしていた知的エリートの影響力は、どこでも急速に失われつつあるらしい。
もっとも、すべての国が国益追求に専念しているわけではない。
「タマネギ畑で涙して」(山下惣一)を読むと、タイでは輸出向けの農作物キャッサバの栽培が盛んで、そのために畑の地味が急速に低下している。タイの農業関係者が、この点についてキャッサバを家畜の飼料としているヨーロッパ諸国に訴えたら、オランダから調査団がタイに乗り込んできたそうである。調査団は帰国後、政府に働きかけてキャッサバの輸入を禁止させている。世界には、国益より人道を優先したこうしたケースもあるのだ。日本が痼疾のように抱えているマイナス面として、偏狭な排外主義をあげることに異存はないであろう。明治以後の日本には、征韓論を皮切りに清国やロシアへの開戦論を強調する一群の排外主義者があり、これが第一次世界大戦後には「暴支膺懲」をスローガンに中国侵略を煽り、さらに米英への開戦を主導した。
太平洋戦争の前夜、多くの雑誌にはこれら排外主義者の粗雑な暴論が並び、まるで右翼学生の弁論大会を見るようだった。この流れをくむ現代の尊王攘夷論者も、皇国史観と外国攻撃をセットにしたタカ派哲学を振り回して、朝から晩まで中国・韓国攻撃に熱を上げている。最近の雑誌「正論」や「諸君!」には、こうした半分ヤクザのような執筆者が顔をそろえ、読者の狭量な愛国心を助長するのに精を出している。
わが国の歴代首相は、これら排外主義的なタカ派と手を結ぶことを慎重に避けて来た。彼らの票は欲しいけれども、そのために近隣諸国との関係を悪化させたら、元も子もないと考えたからだ。
ところが、小泉首相はこのタブーを破り靖国参拝を強行し続けることで、「遅れた階層」の支持を取り付けた。彼はアジア諸国との関係が悪化しようが、そのためにいくら国益が損なわれようが、そんなことはどうでもいいのである。詐欺師的政治家の生き延びる道は、ポピュリズム(大衆迎合主義)によって民衆の低次元な欲求に媚び、せっせと票集めをすることしかないのだ。
頭には支持率のことしかないから、彼は増大する財政赤字に対して効果的な手を打とうとしない。国家財政がここまで悪化したら、いかに選挙民の評判が悪かろうと消費税を引き上げるしか方法はない。見かねた経団連会長などが、毎年1パーセントずつ消費税を上げていったらどうかと提言しても、小泉首相は知らん顔をして、自分が政権を担当しているうちは消費税を上げないと繰り返す。自分が泥をかぶりそうな問題、支持率を落としそうな問題は先送りして、次の内閣にその重荷を委ねようというのである。
4 小泉内閣の延命を支えているのは、若年層を中心にした国民の小児化現象ではないだろうか。近頃のテレビを見ていると、一昔前ならとても恥ずかしくて口にできなかったような低レベルの欲望をそそのかす番組が氾濫している。
セレブという言葉がもてはやされ、男たちは一発当てて第二のホリエモンになることを望み、女たちも金持ちと結婚することに望みを託す。成功者が「豪邸」をテレビで公開して得意の鼻をうごめかすと、視聴者は子供のように「すごいなあ」と賛嘆する。いくら社会の格差が進行しても、恵まれない階層は抗議もしないし不平等と戦おうともしない。抜け駆けして自分もセレブになることを夢見るだけである。
現代の若者には三つのタイプがある。
1:「勝者」「成功者」を目指して脇目もふらずに勉強する秀才タイプ
2:学問・芸術・社会貢献・国際協力・探検など、独自の世界を追求する個性派タイプ
3:時代に同調して生きる現世享楽タイプさて、1の秀才タイプは、念願通りいい大学に合格し、社会の指導層になっていくのだが、自己形成期を受験勉強オンリーですごしたため、その内面は空疎で、精神構造に至っては3の現世享楽タイプと大差がなくなっている。フランスの官僚は日本の官僚と同じように秀才揃いだそうだが、豊かな教養をそなえている点で、わが国の高級官僚とは雲泥の差があるという。
詐欺師的手法で大金を手にしたホリエモンは、ジェット機・高級外車を買い込み、競馬の馬主になり、タレントと浮き名を流している。その趣味嗜好たるや、徹底的に低俗で幼稚で知性のかけらもかんじられない。彼は、株主総会で株主に配当を増やせといわれて涙を浮かべたその4時間後には、今泣いたカラスが、もう笑ったとばかり、社員と一緒にマイクを片手に壇上で踊り狂っていた。田原総一朗は、彼のことを赤ん坊だと言ったけれども、テレビで踊り狂うホリエモンを眺めていると、どうひいき目に見ても色気づいた高校生以上には見えなかった。
秀才タイプと享楽タイプが、その心理においても価値観においてもすっかり同調し、互いに俗化と小児化を競っている現代ほど詐欺師にとって都合のいい時代はない。
小泉純一郎は総裁選の票集めのために、それまで関心のなかった靖国神社に参拝した。堀江貴文も、政治に興味がないと公言し、一度も投票に行ったことがないにもかかわらず、衆院選に立候補した。堀江は自社株のためなら話題になるようなことを何でもやって知名度を高めようとする。そうすれば素人の投資家たちが、ライブドアの株を買ってくれるからである。
小泉が政策を持たないように、堀江も事業戦略をほとんど持っていないらしい。ライブドア社の主たる業務は自社株操作にあり、これを担当しているのは財務担当取締役の宮内亮治だった。堀江は仕事を宮内に任せきりにして、社内会議などを途中で退席することが多かったといわれる。このへんも政策を担当閣僚に丸投げにした小泉首相のやりかたに似ているのだ。
耐震強度偽装事件をはじめ、今や雨後のタケノコのように詐欺師が続出している。しかも彼らは「東横イン」社長に見るように、嘘がばれても皆けろっとしている。これもわが国の大衆社会状況の生み出した結果なのである。
だが、絶望するのは早すぎる。
自分独自の世界を持ち、個性的に生きている若者たちがいるからだ。彼らは軽薄なマスコミの力が及ばないところで活動し、詐欺師的政治家のペテンを冷徹な目で見通している。いかなる権力も術策も、このグループを無力化することは不可能なのだ。彼らが存在する限り、日本がどん底まで落ちることはない。
(06/2/2)