マンガ家の人生

最近、ちょっと奇妙なことがあった。歴史書を探すために、書架を調べていたら、文庫本を集めた区画の片隅に、マンガ本が何冊か並んでいたのだ。そのなかに西原理恵子の本が二冊あったのには驚いた。最近、ブログで、「無頼派の女流マンガ家」という題で彼女のことを書いたばかりだったから。

西原の本を購入したのは、むろん、私ではない。ということになれば、家族の誰かが(多分、長女が)これらを買って読み、読み終わったものを私の書架に押し込んでおいたのである。二冊の書名は次の通りだった。いずれも、マンガとエッセーを組み合わせた形式の本である。

「サイバラ式」
「怒濤の虫」

マンガを文庫本で読んだりすると、必ず目が痛み、挙げ句の果てに激しい頭痛に見舞われるのが常だったから、この二冊を読むに当たって拡大鏡を片手に恐る恐るページを繰っていった。

テレビ番組「心の遺伝子」によると、西原は地獄の火で焼かれるような苦しみを何度もなめている。たが、彼女のマンガやエッセーを読んだ限りでは、西原はそのことを格別苦にもしていないように見えるのだ。

彼女は無頼派ということになっているけれども、実際は高校時代に飲酒のため退校処分になったり、貧窮時代に桃の缶詰を万引きした程度のことで、無頼派というほど破天荒なことをして来たわけではない。マンガ家として名をなしてからも、賭け麻雀のため大金を失っているものの、だからといってそれで借金を作るほどではなかった。彼女はこれまで債鬼に追われる苦労などしたことがないのだ。

――どうやら頭痛に襲われることもなく、二冊の文庫本を読み終わったところへ、インターネットで注文しておいた吾妻ひでおの「失踪日記」が届いた。ブログに寄せられた「コメント」で、吾妻ひでおと山田花子が面白いということだったので、早速、この二人の本を注文しておいたのである。

吾妻ひでおは、自殺を試みたり、放浪生活を送ったり、アル中になったり、それこそ「無頼派」の典型のような生き方をしているらしかった。だが、その生き方を事実そのままに描いたという「失踪日記」を読んだけれども、西原理恵子の作品同様、深刻な話は一向に出てこないのである。自殺未遂については、「自殺にも失敗して」というような主人公の独白がちらっと出てくるだけで、具体的な説明はどこにもない。

しかし、家を飛び出して放浪生活を送ったり、ガス工事の人夫になったり、アル中患者の病院に入ったりする描写になると、まるでドキュメント映画を見るようなリアリティがあった。放浪中、冬の夜野外に寝ていると、寒さのため凍死寸前になる。すると、関節の軟骨が縮んでパキパキ音を立てて軋しみ、痛みのために立ち上がることも出来なくなる、作品を読んでいると、そんな始めて耳にするような話が次々に出てくる。

ガス工事の現場に雇われてみたら、底意地の悪い男がいて相棒になった仲間を陥れることを仕事のようにしていたり、アル中のための病院に入ると、新入りの患者から金を巻き上げる手腕に長けた古手の患者がいたりする。マンガという形を取っているけれども、人の世の姿が実にリアルに描かれているから、この作品は、文化庁メディア芸術祭大賞、日本漫画家協会賞大賞、手塚治虫文化賞マンガ大賞という三冠を達成したのだった。

西原理恵子や吾妻ひでおのマンガに暗い感じがないのは、二人が自分の体験した本当に悲惨で残酷な状況を描くことを避けているからだった。西原にとってはアル中の夫と必死の争いの末に相手を家から追い出すまでの日々は、出来れば捨て去って忘れたい過去だろうし、吾妻ひでおにとっては、自分が失踪を企てた背景――締め切りに追われたり、マンガの依頼がなくなったらどうしようと不安に襲われたりするマンガ家の日常などは思い出したくないことだったのである。

彼らは、それらの暗部から目をそむけて、余裕をもって思い出すことが出来る部分だけをマンガにしたのだ。だから、読者も余裕をもって、その作品に接することが出来るのである。これが文学作品だと、マンガ家が隠そうとした暗部をこそテーマにする。西原理恵子の場合、なぜ彼女の人生には狙ったように同じ種類の不幸が襲ってくるのかについてテーマにするだろうし、吾妻ひでおの場合、彼はなぜ妻子を捨てて失踪したのか、妻が提出した行方不明者捜索願に基づいて彼は警察に保護されるのだが、その彼は自宅に戻って妻子とどんな話をしたのか、それらをテーマにするに違いないのだ。

ゲシュタルト心理学によれば、人は自己の生涯を美しいゲシュタルト(形姿)を持ったものとして捉えようとする。だが、そのために自分に不都合な部分を切り捨ててしまったら、おのが人生を浅いものにしてしまう。

キリスト教徒は、イエスが泥棒たちと一緒に十字架刑で処刑されるという最悪の事態を受け入れた。そして、その悲惨な死にざまを直視することで、イエスの生涯を世にも美しいゲシュタルトを持つた犠牲の物語に昇華させたのだった。

――今日、インターネット古書店に注文しておいた山田花子の「自殺直前日記」と雑誌「ガロ」の山田花子追悼号が届いたので、これから彼女のことについても調べてみるつもりである。