「本を読もう」キャンペーン

世の中には、「あまり意味がないな」と感じながら、それでも敢えてやらなければならない仕事というものがある。職業柄、教員にはその種の仕事が多い。読書指導に関わる教員が「本を読もう」と生徒に呼びかけるのもそうした無意味な作業のひとつなのだ。教師一般や親にとっては、読書などは受験勉強の妨げになるだけだし、第一、いくら教師が説得したところで、読書に関心のない生徒が本を読むようになることなどは、まず無いといったほうがいいのである。

だが、図書館係の教員の身になると、そんなことを言ってはいられない。徒労を承知で「本を読もう」と連呼しつづける。以下に紹介するのは、女子高校の教員だった私が、その時々の「図書館報」に載せた生徒へのアピールで、これを読めば、読書指導を行う教員の苦渋のようなものを感じ取ってもらえるのではないかと思う。


読書中毒

 「オール読物」という雑誌で読んだのだが、和田芳恵(一葉研究家)は、新しい本を買って<ると、読む前に、先ず表紙にかぶせた薄紙や何かを、つまり読むために不必要なものの一切を、ひつっぺがして棄ててしまうそうである。本の本質はその中に書かれている事実にある。本の外側の装飾は非本質的な部分であり、それは本を読む時に邪魔になるだけなのである。邪魔なものは容赦なくひつっぺがすがいい。私はこういう単純直載な激しさを愛する。

肝腎なのは実質であって、それ以外のものには目もくれないという激しさがな<て、どうして今日意味のある生を送り得るか。

 ところで、「読書論」というものが、本の薄皮に相当する無駄な存在なのである。問題は、とにか<今直ぐ本を開いて読むことだ。それ以前にあれこれ読書の意味や効用を喋ってみたところで、読書人ロが一人でも増える訳はない。第一、本を読まぬ者は読書論なんぞを書いたって最初から関心を寄せないに決っているし、本を読む人間は今更そんなものに刺戟されなくても一人で本を読むのである。

それに高校生に読書指導をしても本当は無駄なのだ。読書の習慣は小学校の四、五年から中学の一、二年までの間につけないといけない。だが、読書論なんぞ不要だと云ってしまったのでは、あとが書けなくなるから、これはこれだけにして先へ進む。

読書に関する錯覚の一つは、本を読めば、読む前より賢<なると思いこむことである。少しばかり本を読んで利口になったと自惚れること以上に危倹なことがあるであろうか。

世間には随分奇妙な本の読み方をする人があって、自分の意見の証拠固めのために読書をしたりする。これでは本を読んだおかげで偏見が益々強まり、人間として更に愚かになってしまう。政治的な(或は政略的な)人間の不幸はこんなところにもあるのである 本を読む愉しさは、これとは裏腹な「無償の読書」にある。何に利用しようとも思わないで、手にした本を読み進めて行<愉しさは知る人ぞ知るである。

 ところが私は、読書における最大の陥穿が実はここにあると思うのだ。私達は一定の問題意識や内面的な要求を抱いて本を開<のだが、いざ読みはじめてみると、読書の持つ無償の喜びに我を忘れ、当初の課題を何時の間にか忘れ去って活字を追っている。一冊読んでしまうと、次の本に手がのび、かくて私達は読書の「無窮運動」の中に落ち込んでしまう。読むことが私達の問題を未解決のまま吸収し、自己の存在を視野から消してしまうのだ。こうして私達は思考なき真空状態に入る為に、或はそこに入りこんで仮死してしまう為に本を読むようになる。私達は読書中毒にかかったのである。

 私は戦争の末期、兵卒として軍隊生活を体験した。ここでは毎日一かけらの活字すら目にすることが出来ず、営庭に散らばっている古新聞を拾って読むほど文字に飢えていた。が、この時位、自分というものがよく見えたことはない。

本によって眼を脇へそらすことが出来ないからイヤオウな<自分と直面し、生々しくて無気味な自己の存在を眺めて暮すほかなかったのだ。

 私達の眼の前には、避けることの出来ない問題がある。私達はこの問題を回避する手段にはことかかぬし、これを合理化して脇へそらせてしまう無数の方法も知っている。が、私達はそれに気づかな<てはならす、何時かはそれを問題として取り上げなければならない。さもなければ、私達の生は虚妄と化すほかはないのである。

 読書週間を迎えて、私は本の好きな人達にこの週間中、書物を遠ざけ、自分の頭だけで考えることにしたらどうかと提言する。

「学びて思わざれば則ちくらし、思いて学ばざれば則ちあやうし」

である。

私達は「読書週間」を迎えるに当って、逃避のための読書をやめて、本質的な問題を見落していはしないか考えてみようではないか。


一冊の本

−賢治 と 重吉−


 宮沢賢治が法華辞を読み、「驚喜して身ぶるい」するような感動を受けたのは旧制中学卒業の年であった。賢治、十九才の秋である。以後、彼は死ぬまで「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」という法華経的な信念に従って誠実に生きた。

盛岡高等農林学校卒業後、上京して極貧の生活に甘んじながら宗教団体に奉仕したのも、郷里に帰って地元の農業高校教師となり、やがてそれを辞して郊外に自耕自活する農夫の生活を続けながら無数の肥料設計書を書いて岩手の貧農のために献身したのも 賢治が法華経精神に忠実だったからである。

 こういう実践は彼に知恵を与え、その知恵が法華経の予想もしない広大な世界を予覚させた。賢治の感受性の異様な鋭敏さは谷川徹三のいう通り、三十八才で死ぬ迄一度も女性に触れなかったという彼の禁欲生活から来ているかもしれない。だが、凶作にあえぐ岩手の山野にイーハートポオという浄土を見た賢治の眼は、農学校の屠殺実験で殺される家育の悲しげな泣き声を聞いた日から固く肉食を断ったという賢治のひたむきな求道の日常が生み出したものだ。

賢治の休みない献身の生活が、「あらゆる生物にほんとうの幸福をもたらす」ために営為レ続ける「宇宙意志」の存在を実感せしめたのである。 賢治が父へのこした遺言は次のようなものであった。


「国訳妙法蓮華経全品約千部を
出版下され、知己の方にお贈り
下さい.

『私の全生涯の仕事は
此の経典をあなたのお手許にお
とどけしてその仏意に触れて、
無上道に入られることを』

という意味を記して下さい」

 八木重吉は賢治より二才年少のすぐれた詩人である。重吉がキリスト教を知ったのは東京高師に在学中のことだった。彼はそれから30才で死ぬ迄、平凡な英語教師の生活を送り、聖書を読んで自分の「生」を深めて行った。

 全く、重吉の生活ぐらい、単純で静かなものは少ない。一日の授業を淡々とおえた彼は午后二時半頃には学校(千葉県旧制中学)から歩いてニ十分の距離にある教員住宅に帰る。小さくて簡素な住宅。家の中には、サイダー瓶にさした椿の花のほかに装飾がなかった。一杯のココアを飲んだあとで、彼は妻子を連れて近くの原や林の中を散歩する。

重吉の家を訪ねて<る友人もなければ、手紙もこない。こうした生活のすべてを投入して彼はキリストを求めた。彼の日常が静かな深まりを示すにつれて彼の眼にうつるキリストも奥行きを増し、彼の詩も澄んで行った。 重吉は書いている。


 「私は一人でも聖書を読む人が多けれ
ばよいと思います。

私は段々自分の感想、考えを人に語ること
を恐れるようになっていきます。


私は一生の自分の行ないがすべ
ていけない事であっても 、聖書
を人にすすめた事はいい事であ
ったと信じて死ぬ事ができると
思います。」

 賢治と重吉は、青年期にめぐり会った「一冊の本」によって生涯(それは長くはなかったが)を決定されたのだった。

彼等の芸術活動を含む一切の生活行動は、この一冊の本を源泉とし、彼らの生涯はこの本に集約されている。 彼らは過去を回想して、「一冊の本」を人々に伝える媒体としての自分にだけ意味を認めて死んで行った。この本に対する彼らの感謝がどれだけ深かかったかを物語るようである。

私達の本に対する愛情が深く、その本を実践する誠意が純粋であればあるだけ、益々多<のものを返してくれる本というものがある。私達の体験が増せば、いよいよ深みを加えて行く本である。 青年期にこういう本にぶっかった人々は幸福である。


漱石と鴎外


漱石は、鴎外のように家族から愛されなかったが、門弟遠からは篤い敬慕の情を寄せられた。鴎外は逆である。鴎外に寄せられた弟子達の愛は、漱石の門弟たちのそれには到底及ばない。これはつまり、漱石と鴎外の人間関係全体に対する姿勢に差があったからである。

 鴎外の眼は冴え、その頭脳は明敏だったから、彼は周囲の人々が彼に対して抱いているそれぞれの要求や期待に容易に応じることが出来た。彼は「舵を取る」という言薬が好きで、役所や家庭のもめごとを巧妙な舵さばきで難な<処理して行った。

こうして鴎外は栄達し、軍医総監・帝室博物館長・医学博士・文学博士などの肩書にかこまれて、悠々と考証や創作を続けたのである。彼は自分を本当に酔わせるものが、学芸の世界であることを知っていた。しかし、彼があえて両刀使いの繁忙な生活を引き受けたのは、それに随伴する錯雑な人間関係を片手間にあしらって行<自信があったからである。

 漱石は中野重治風に云えば、「いい頭」というより「強い頭」の所有者であった。彼は強い頭を持っていたから、「いかに生<べきか」という倫理的な課題をしっつこ<追求出来たのだ。

漱石追想のおびたゞしい文献の中で、一番私の印象に残っているのは、高浜虚子が全集の月報に書いていた松山時代の漱石に関する短文である。虚子はよく漱石と松山市郊外の石手川上の堤防を散歩したが、ある日、虚子が「あなたはどんな人間になる積りか」と訊ねると、漱石は暫<沈黙した後、「私は完全な人間になりたい」と答えたというのだ。

夕暮れの堤の上で、彼が自問自答するように静かに語つたこの自己実現の決意は、漱石の生涯を貫くライト・モチーフであった。彼の人間と文学の特質は、すべてここから出ていると云ってよい。

 漱石の文体は、珍しく平明である。鴎外も明晰で歯切れのいい文章を書くけれども、その金石文のような硬質の文章の背後には、停滞や矛盾、断念や思考放棄の痕が潜んでいる。しかし、漱石の文章はどこもかしこも明瞭で、文章の裏に何があるかはっきりと見通せる。彼によって作品の主題が、一定の原理の下に、あらゆる微細な部分まで、徹底的に考え抜かれているからだ。

 漱石の門弟に対する態度も平明である。彼の膝下に集まる門弟には賢愚利鈍の差があり、その品性も一様ではなかった。だが、漱石は一度も彼等に対して差別待遇をしたことがなかった。彼の書簡がそれを物語つている。

これは弱い者に手を借すという生来の侠気が彼にあったことによるであろう。が、根本は彼がまじめに弟子達に接したからである。真面目だから、彼の態度は単純平明になり、ゆとりを生んだのだ。

真の落付きやゆとりは、人間が人生に正面から対処した時に生れる。この意味で、漱石のゆとりは鴎外が対人関係に見せた余裕とは全く異なっている。

 漱石は家族に対しても原理的で真面目な態度をもって臨んだ。彼は家族に向ってよく癇癪を爆発させたというが(鴎外は家族に怒りの表情を示したことがない)、我々が怒るのは相手を対等の人間と認めているからで、彼は妻子に対しても人間であること、しかも彼自身のように「原理的に」生きることを求めた。これが、漱石の門弟たちに愛され、家族に畏怖された理由であった。

 漱石は、当面の目標を追求する上に不要なものを片端しから棄てて行った。学生時代に愛好した漢詩文を棄て、ロンドン留学で勉強した英文学を棄て、帝大教授という安定した地位を棄てた。そして肩書なしの自由な個人になって、「それから」 「道草」 「明暗」と続く苦渋に充ちた道程を進んで行ったのである。

かくて彼は「宇宙的寂寥」とでも云うべき世界に達し、そこから反転して、はじめて人間に対する温い同情を持つことが出来た。漱石の死には、業卒えて永遠の眠りについた巨人の安息が感じられる。

 私は最も鴎外を愛するものだが、鴎外の生涯ほ結局失敗だったという感を深くする。人生には何処にも片手間であしらい得るような人間関係は存在しないのである。鴎外は次第に彼をめぐる人間関係の微妙な失調に気づき、自身の作品が本来彼の達成し得たであろう境位よりも低いことを知るようになる。鴎外は自分の失ったものゝ大きさに戦慄する。

 晩年の鴎外は、深夜目覚めて、ひとりで涙を流し続けるという風な深い悲哀の中に生きた。彼の遺言は「一切の栄典を辞し、素地のままの森林太郎として死にたい」という意味のものであった。
       


最初、生徒へのアピールを書くにあたって、正攻法で押していった。けれども、もう若者が人生論をむさぼり読むような時代ではなくなっている。今では高校生が本を読むのは、楽しみのためなのである。としたら、読書指導もやり方を変えなければならない。

そこで、まともな読書とは別に、「娯楽的な」本を対象にした紹介記事を特集することにする。次に述べるのは、方向転換後の記事である。



   推理小説に人気集まる

──複線型読書が流行──


 反代々木系の大学生諸君が朝日ジャーナル」と「平凡パ
ンチ」を併読していることはあまねく知られている。
新幹線に乗りこむ大企業の中堅幹部らは、小脇に「朝日ジャ
ーナル」と「アサヒ芸能」をたづさえているのだそうだ。


最近ではこうした複線型の読書がすっかり当り前のことになっ
てしまった。昔は、大学教授がマンガを読むと聞けばオヤと
いう顔をしたものだが、今や教授がマンガの愛読者になっても

誰も怪しむ者はない。どうしてこんなこ
とになったろうか。そして、本校ではこの複線型読書の問
題はどうなっているであろうか。今年はそのへんのところを
テーマにして特集を行ってみた。

アマチュアの時代

 現代は、社会の各部門で専門化が進み、専門家でないと巾がきかない時代である。ところが社会の分化が進んでスペシャリスト万能の時代に入ったということは、裏返せばアマチュア時代の開幕ということにほかならぬのだ。この弁証法的なカラクリを説明してみよう。

 それぞれの専門分野が深みを増して行けは、その分野について理解できるのは専門家しかいなくなる。すると専門家同志がその専門とする領域以外の問題に盲目になって、ひとさまの世界には口をはさめな<なる。

つまり、自分が専門家として対処する世界が相対的に狭小となって行<のに反して、アマチュアとして向き合っている世界の方はいよいよ広がりを増して行くから、人はすべて、シロウトになるのである。

 現代社会はアマチュアによって成り立っている。人は一歩専門から離れて「社会」に直面するや否や、世代間の断絶・価値の多元化・匿名社会のアノミー現象などに接して途方に暮れるのだ。そこには三億円強盗・新左翼・フリーセックス・コント55号・ポーリング等、なにがなんだかわからぬしろものが混然雑然と渦巻き、専門的世界の価値尺度では手のはどこしようがないカオスの世界が展開する。

 そこで私達は社会を捕えるために、手当り次第にベストセラーをあさり、週刊誌を読まねばならない。昔なら一般教養書とよばれるものを読んでいればよかった。専門に対する一般教養という定型的な図式があったからだ。今や専門に対応するような定型的な世界はない。各自がめいめいの嗜好やカンを頼りに読書における多様な複線を敷設して行かねばならぬのだ。

ところで私達に読物を提供する週刊誌編集者や推理作家・マンガ家はどうだろうか。これもまた、まきれもないアマチュアなのだ。

彼らに社会学の素養がある訳でもないし、文学的な才能に恵まれている訳でもない。少数の例外を除き、推理作家・SF作家・マンガ家はすへて文学・絵画のシロウトがその複合的な才能をいかしてプロに転出したケースである。アマチュアの書いたものをアマチュアが読むという手取早い気易さの中に、今日の文運の隆盛があるのだ。

 推理小説とSF

 「純文学」を読んで来て推理小説に転じた直後の印象は鮮明である。推理小説には犯人探しという明白な焦点があって、作品の全体がここに集約される。作家の偶発的でアイマイな気分を絶対化してそれからそれへとエピソードを連らねることで成立するような「純文学」作品に<らべると、推理小説の読後感は断然爽快である。

 松本清張以後になると、犯人探しに社会性が加わり、作中人物が遺産相続というような純個人的動機以外のもっと錯雑した社会的情念を動機として行動するようになり、超人的な推理眼を身につけた探偵ではな<、そこらの新聞記者や刑事が犯人を追跡するようになった。推理小説は複雑になり、リアリティを増したのである。

 本校の生徒には推理小説のフアンが多い。「楽しみのためにどんな本を読むか」というアンケートを集計してみると、ジュニア小説を抜いて推理小説が首位を占めている。しかも表1に見る通り嫌いだという数が一番少ないのも推理小説である。

ジュニア小説が愛される方で二位だが、嫌われる方でも二位になっているのと比較すると、推理小説は生徒たちに無条件に受け容れられているとみてよい。


 では、本校でどんなものが読まれているかという点になると、一般の動向と相当なズレがある。現在図書館にある推理小説のうちで最も愛読されているのは日本推理小説大系中の「江戸川乱歩集」である。これは、もうポロボロになって廃棄寸前の状態にある。「どんな作家を愛読するか」という調査では、松本清張に続いてドイル(シャーロック・ホームズの作者)とルブラン(怪盗ルパンの作者)があがっている。

 どうも本校の生徒はホームズ探偵や怪盗ルパンの括躍するクラシックな探偵小説のレベルにとどまり、未だ社会派推理小説に踏みこむところまで行っていないらしい。

 SFの方も未だこれからという段階のようだ。SFをベルヌやウェルズ程度のものと考えるのは、推理小説と聞いてルブランを連想する以上に時代錯誤である。

試みにポーランド作家スタニスラフ・レム「ソラリスの陽のもとに」を読んでみたまえ。魂は鳴りどよめいて余震は数年間消えないだろう。人間にとっては宇宙も未来も「未知なるもの」である。未知の世界を既知の人間的世界を基にして空想したら、アメリカのSFのような紙芝居に堕してしまう。

レムの「ソラリス」には既知のものとは異質の、真に未知なるむのが描かれ、これに接した時の人間の戦慄が手に取るように表出されている。ほんとうに恐るへき作品なのだ。

 本校の生徒に最も評判の悪いのは時代小説であった。これは多分、時代小説には女子高校生が一体化できるような人物が登場しないためである。図書館に入れた歴史小説も、山本周五郎の「樅の木は残った」を除いて、ほとんど読者がついていない。

中学時代から耽読して来たジュニア小説の影響が予想以上に大きいらしいことも今度の調査の随所にあらわれていた。「どんな媒体を使って楽しみのための読書をするか」という質問項目を作り、その選択肢に沢山の新聞雑誌を並べておいたところ、圧倒的多数がジュニア雑誌・少女週刊誌をあげ、残りの僅かが新聞の連載小説をあげているに過ぎなかった。

「どんな性格を持っている主人公を好むか」という問いに対する答えにも、ジュニア小鋭の痕跡が濃厚に残っている。全体の半数近い生徒が「行動的で明朗」という性格を望んでいる。今の世に、こんな颯爽とした青年男女にはお目にかかれそうもないことは承知の上で「行動的で明朗」と書くところに、ジュニア小説の後遺症が見られるのだ。

「男性的なた<ましさ」を多くの生徒が選んでいる点も同様である。質問項目につけておいた選択肢に問題があるとしても、裏と表のある人間の表だけを見て同語反覆的な単質性格を好むのはいささか物足りない。

 とは云っても現代的な特徴もはっきりと出ている。最も人気のない性格は「女性的なやさしさ」というのである。追討ちをかけるように24パーセントががこの性格をキライだと×印をつけている。

 吉屋信子の少女小説が理想とした性格は「女性的なやさしさ」「身も心も清純」 「あたゝか<て人間的」などであった。最後の一つをのぞき、戦前的理想像は魅力を失ってしまっている。

 「行動的だがニヒル」「暗くて深刻」という、ある意味で最も現代的な性格は、相当数の支持を集めると同時に又強い反揆も受けている。

 
静止的性格から
  行動的性格へ

 ここまでのところで結論づけるなら、こういうことだ。
 戦前のオンナンコの理想人格は「やさし<て、清純で、あたゝか」な静止的性格に集中していたが、現代の女子高校生は「行動的で、明快で、たくましい」行動的性格を欲するようになった。この変化は、推理小説を最も愛するという読書傾向とも対応している。推理小説は恐らく最も行動的な小説だろうからである。

行動をとんだりハネたりころんだりという外面的なものだけに限るのは間違っており、内面的な行動というものもある。本校の生徒はこの方も評価して「神秘的な深さ」 「知的で明快」にも多くの票を投じている。外へでも、内へでも、とにかく行動することが善であって、停滞していることは悪なのである。


 別の云い方をすると、ヤヨイの読書傾向が男性化して来たということだ。実際この特集のタイトルを「男性化する〇〇〇スズメ」にしようかと、本気で考えた位である。そう云えば、この頃「愛」という題名のついた本がさっぱり読まれないようになった。四・五年前までは、本屋に「愛」という表題の本が出たら、見本用にみんな持って来てほしい、と頼んでおいた程だったのだが。

小学生だった頃、教室で男の子に「少年クラブを貸してよ」と頼んでいる女の子がいた。「少女クラブ」よりずっと面白いというのである。そうした女の子には眼のクリクリした頭の切れる子が多かったけれど、最近は、あゝ云った感じの生徒が増えて来た訳である。

だがしかし、現世に生きる若者がたゞ単純に「行動的で明朗」であるのは、少し何処かが足りない証拠ではないかと疑ってみたくなる。本当に「快活な精神」は「暗くて深刻な」地獄を<ぐり抜けてから身につくものなのではなかろうか。

「娯楽」の発見

 今回の「複線型読書特集」は、古典を読む方がタメになるんだぜという紋切型のPRをする為ではない。古典もいいが、娯楽小説だって棄てたものではないよ、すこいやつだってあるんだから、と主張するためなのである。

 鶴見俊輔は、高い芸術の愛好者は、それを生み出したエリートや社会体制を守ろうという意識をもたらし、政治的には保守反動に陥る傾向があると云っている。事実、リベラル派、進歩派は通説とは逆に、知的エリートから侮蔑される大衆娯楽の中に新しい価値を見出そうとする。

 例えば、映画を取ってみると、これはドタバタ喜劇やチャンバラから出発し、はじめは女子供のなぐさみものでしかなかった。まともな人間は誰も映画の世界には入って行かなかったから、「カツドゥ屋」は仕事にあぶれた禄でなしばかりであった。ところが彼等は我流でカットバックやクローズアップの手法を開発し、カツドゥを「映画芸術」にまで仕立上げてしまった。すると、東大卒の秀才が続々と撮影所に入所して来て、高踏的な映画理論が流行するようになったのである。

 これと全く同じプロセスを辿っているのがマンガで、マンガは貸本屋に集る子供達の愛好するものだったが、今や有名マンガ家はプロダクションを設立し、東大の学生課に求人に出かけるようになっている(NHK「現代の映像」)

推理小説・SF・マンガなどは、今のところ取るに足りない愚作が多いけれども、砂金は瓦礫の中にうもれているのである。労を惜しんではならない。面白いと思う本は遠慮なく読むがいいので、読む本を学校図書館推薦図書に限っているような優等生は先が知れている。それは読書における「広所恐怖症」にほかならないのだ。

「娯楽」を通して狭い専門的世界から脱出し、広大な大衆の世界に出るというルート、そして民衆のバイタリティーに繋がっていくというルートがあることを銘記したい。


娯楽小説であろうがマンガであろうが、面白いと思うものは何でも読んで世界を広げようと訴えておきながら、しばらくすると待てよと自分にブレーキをかけるのが教員のサガというものである。相手の興味に火をつけて生徒を一方に走らせすぎたと思うと、今度はそれを押さえ込んで反対側をのばそうとする。

考えてみれば、教育というものは、マッチで火をつけておいて、ポンプで消しにかかる「マッチポンプ」が本来の形かも知れないのだ。「複線型読書」の特集をやってから数年すると、次には本格的な文学書を読もうという逆のキャンペーンを始めるのである。


神を見た者はいない

 世間には小説を全く読まない人がいる。学術書や実務的な本には必要に応じて眼を通すが、文学関係の本には断じて手をつけないのである。私も四、五年前から小説をはとんど読まないようになっている。しかし、あらゆる書物のうちで、文学書の与える衝撃力が最む強いという事実を否定するわけにはいかない。


図書館の中を歩いていて、文学部門の書架の前まで来ると、この中に私達にとって爆薬のように強烈な本が隠されていることを何時も感じるのだ。特に教師は文学を愛さなければならない。小説好きだということは教師にとって必要不可欠の条件であり、私なども小説を読まなくなってから、生徒との関係がプッツリと切れたことを自覚しているのである。

 小説が毛嫌いされる理由に、「俗情との結託」という事情がある。 戦争が終って暫<して、「三木清における人間の研究」という小説が評判になったことがあった。これは哲学者三木清が、いかにエキセントリックな人間であったか脅暴露した実名小説で、一応面白くはあったけれども、読後にいやな後味がべったり残る作品だった。この後味の悪さが何に起因するかに思い当ったのは、この作品を取り上げて、「俗情との結託」と批評した大西巨人の文章を読んだ時であった。

三木清は戦争中、投獄されて、長野刑務所で獄死している。この非運の哲学者をこの小説の作者はお互いの弱みで繋がった従軍作家の「世論」を背景に嘲罵しているのである。俗情と結託した作家K氏は、その後ますます幸運にめぐまれ文化庁の長官に就任している。優勝劣敗の理というべきであろうか。

 小説が俗情を描くのはいいのだ。だが、俗情を題材とする作家の立場が、同じ俗情という平面から抜け出すことができなければ作品は質の低い風俗小説になってしまう。まして作家が俗情と手を結んで、高い問題意識を持つ者を引き降しにかゝるとしたら、これ以上の文学の堕落はない。そして、残念なことに実名小説にはこの手のものが多過ぎるのだ。

 しかし、くだらぬ小説が多いということは、小説がすべてくだらぬということを意味しない。くだらぬやつが多いという点では人間も同じではないか。私達は、日常接する人々が愚劣だからと云って、直ちに「聖人」の存在を否定しないはずである。孔子は言っている。


「聖人は吾得てこれを見ず」

福音書の中で、ヨハネもまた「神を見た者は、いまだかって一人もいない」と言っている。

絶対者を見た者は誰もいない。にもかかわらず、「聡明深察の士」 (「史記」孔子世家)は、その存在を確信して疑わない。では、この確信をもたらすものは何なのか。孔子によれば、それは身近に「君子」がいることなのである。


「聖人は吾得てこれを見ず、君子者を見るを得ばすなわち可なり」

。 今回の図書委員会アンケートで取り上げられた庄司薫・北杜夫にしろ、芥川竜之介・島崎藤村にしろ、必しも第一級の作家とは云えない。いわば「聖人」に対する「君子」のような作家たちである。エミリ・ブロンテもミッチェルもそうである。

しかし、これらの作家の作品は、私達に本格的な文学世界、例えばドストエフスキーやゲーテの世界を予想させてくれる。

 「赤毛のアン」 「風と共に」「嵐ケ丘」と読み進んで来た人は、一挙にドストエフスキーの「悪霊」まで飛躍してみたらどうだろうか。スカーレット・オハラやヒイスクリフも魅力ある人物に相違ないが、「悪霊」のスタブローギンやキリーロフにくらへたら玩具のようだという印象を持つに違いない。人間性の底にひそむ悪魔性と霊性を描<点で、ドフトエフスキーの描与には格段の深さかあり、それは全くダンチという以外にないのだ。

 予告や暗示はいたるところにあるのに、多くの人は「神を見た者はいない」という経験的事実にに依拠して俗情との結託を選んでいる。しかし、「神」は存在するのである。 私達は、本質的な世界に手が届<以前に読書をやめてしまう。ボーリングの錐が一度水源に届けば、放っておいても水は湧き出てくるように、読書がある段階を超えれば、私達は向こう側から、絶えざる働きかけを受けるようになる。

 若い頃、上質の文学に接した女性は、終生読書をやめることがない。どんな多忙な暮しをしていても、本を読む時間を生み出すのである。彼女等は死ぬまで俗化を拒み、内面的な成熟を続ける。本好きの中年女性が、その娘と静かに外国文学の印象を語り合う場面は、親子関係が切り開き得る最高の次元を示している。読書のレベルを一歩進めよう。


マッチポンプの典型が、次に示す記事である。前項では「高級な文学書」を読もうと訴えたくせに、今度は反転して文学書ばかり読んでいてはダメだよ、ノンフィクションを読むことにしようではないかとPRしている。

教員には、こうした変幻自在のテクニックが必要なのである、いや、はや。


 ノンフィクションを読もう

 現在、私たちの頭にある読書が何かといえば、それは文学的な本を読むということだ。図書委員会が、夏休みに行なった他校視察の際、どの学校からも「本校の読書傾向は 文学が一位をしめ…⊥という説明を聞かされた。ではなぜ文学書、すなわちフィクション物に人気が集中し、ノンフィクションが軽視、敬遠されるのだろうか? 

今年は、わが校の生徒に読書範囲を拡大してもらうため、ノンフィクションについての特集を行なった。

読書範囲の拡大を

 もう一度、今回の館報のテーマを紹介しておけば、これまで文学部門に偏っていた読書を社会科学、自然科学の分野まで拡げること、そのために当面ノン・フィクションを読むことからはじめたらどうか、と提案することなのである。

 本校の図書館が生徒に貸出している本の六〇%は文学書だ。続いて、哲学、歴史部門が好まれ、自然科学、社会科学書になるとぐっと落ち、工学、産業部門にいたってははとんど読む者がいない。

 小説には、特有のメリットがあることは確かである。小説というのは、現実の諸条件には拘束されず、面倒な論証を抜きにして、一挙に真実に迫るものだ。青年の野望を純粋結晶のような形で知ろうとすればスタンダールの「赤と黒」を読めはいいし、箱入娘の実態並びにその未来はモーパッサンの「女の一生」に尽されている。

しかし小説読者が、フィクション世界にだけ宿る真実を眺めるのは、プラネタリウムで星座を見上げるようなものではあるまいか。文学はあまり手取り早<真実を見せて<れる点に問題があるのだ。オリオン座の壮麗な全貌を目にするには、私たちは夏と秋を過し、冬の到来を待たなければならない。冬に入っても晴れた夜ばかりではないのである。

 作家が書けば三行で足りるような事実を、専門書は一冊をかけて表現する。私達も長い時間をかけて自分の手で資料を集め、取捨選択し、新し<配列しなおして結論に辿りつく労を惜しんではならない。自分で発見したちっぼけな真実の方が、人から教えられた百万の真実よりも生きた力を備えている。

「泉を探し当てた者は、水がめへはゆかない」という言葉がある。レオナルド・ダ・ピンチの言葉だ。本校の読書統計を見ると、毎年の貸出ベストテンのトップになるのは、その年々のベストセラーである。去年の「人間の運命」がそうだったし、山岡荘八の「徳川家康」がトップになったことさえある。

 本校の生徒が平均より本をよ<読む点は悦ばしい。だが、それが文学部門に偏り、ベストセラーに偏っている点に、どうしても引っかかってしまうのである。

私たちが内面的に成熟し、思考に筋道が立ってくれば、自ずとその延長線上にある本を読む。内部が未だ形をなしていないときに、人は楽に読める小説やベストセラーに走るのである。

 とは云っても、今直ぐに専門書に手をつけることは無理だから、ノンフィクションを読んで、少しずつ頭を事実に馴染ませ論証に慣れさせて行くことを勧めるのだ。

 ぺ平連の小田実は、健筆を振って無数の小説・論文その他を書いて来たが、彼はもう二度と「何でも見てやろう」のような痛快な本を書けないだろう。 中根千枝は評判高い「タテ社会の人間関係」で日本の社会構造の特質に照明を当てたが、「文明の顔・未開の顔」の方がずっといい本である。

 現代は、どんな生き方をしようと許される時代だ。だが、あらゆる生き方を試行するわけにはいかない。それ故に、現代は、ノンフィクションによって多様な生存形式を知りながら、しかも平凡な日常の中にとどまる「明哲保身」の生活を選ぶ時代なのである。

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