平成バケモノ屋敷 先日、東京で暮らしている知人の奥さんが帰省してきて、あわただしく墓参りをして帰っていった。出不精で知られている夫人が、どういう風の吹き回しで帰ってきたのか、不思議に思って家内に聞いてみたら、細木数子の影響らしいということだった。彼女には何か念願のことがあったが、なかなか叶えられない。そんなところに細木が先祖供養の必要を説くのを聞いて、あわただしく帰省して来たというのである。
以前にも触れたけれども、まだ若かった細木数子は80を過ぎた安岡正篤老人と結婚し、間もなく安岡が死ぬと遺産相続をめぐって親族と醜い争いを演じている。この記憶が鮮明に残っていたから、私は彼女を泥棒猫のような女だと思っていたのだ。
その彼女が今や、大殺界とか、先祖霊とか、訳の分からない言葉を振り回して人の未来を占っている。同席している芸人たちは細木を「先生」「先生」といって奉り、占いを受けに来たタレントも殊勝な顔で彼女のご託宣を聞いている。
その場の光景が私にはバケモノ屋敷に見えてきたのである。
数十年前に泥棒猫のように見えた細木は、今では貫禄を増し、有馬猫騒動の化け猫を思わせる風貌になっている。まわりに居並ぶ芸人たちは、化け猫に仕える手下たちだ。昔の化け猫は、魔力で人を逆立ちにさせたり、宙返りにさせたが、平成の化け猫は言葉で人をキリキリ舞いにさせるのだ。バケモノ屋敷を見せてくれるのは、細木の番組ばかりではなかった。
新聞のテレビ欄に、フジ子・ヘミングが出演する番組が載っていたので、チャンネルを合わせてみた。美輪明宏と江原啓之が、タレントの過去世を探るといったふうな番組で、ここでもさかんに「霊」という言葉が出てくる。江原によると、フジ子・ヘミングは前世ではイタリア人だったそうで、続けて彼の口からフジ子の守護霊は誰それ、副守護霊は誰それと死んでいる人間の名前が列挙された。これもやっぱりバケモノ屋敷だったのである。
美輪明宏は性別不詳・年齢不詳の妖怪といった感じだし、江原啓之は縁の下から這い出てきた狸といった感じなのだ。この狸はなかなかの芸達者で、相手が喜びそうな物語を即席ですらすら作ってやるのである。細木屋敷が罰やたたりで相手を脅しつける恫喝系のバケモノ屋敷だとしたら、美輪・江原屋敷は途方もないホラ話で相手を喜ばす癒し系のバケモノ屋敷なのだ。フジ子・ヘミングも、江原の創作したホラ話を聞いて「うれしいわ」と喜んでいた。
ずっと昔のことになるけれども、新年のテレビ番組を見ていたら、神社参拝をすませた中年男にアナウンサーが尋ねていた。
「今年はいい年になりそうですか?」
返事は、こうだった。
「去年はいいことがなかったが、いま一万円の賽銭を上げてきたから、今年はいい年になると思うよ」まわりを見回すと、蒙昧としか思えない現象がいたるところに転がっている。この世は、こうした人間の愚かしさによって持っているのかも知れない。
(06/4/29)